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Research

はじめに
- 大橋研究室 研究内容 -

大橋研究室では、有機化学に関する研究を行っています。
具体的には、有機化合物、および、高分子化合物の合成のための新たな方法論の創出を目指し、遷移金属錯体触媒の分子設計と反応開発に取り組んでいます。現在、数多くの研究グループで錯体化学や有機化学に関する研究が展開されていますが、大橋研究室は「錯体化学の手法を駆使し均一系触媒反応における鍵中間体の構造を明らかにする」だけではなく、「有機化学のテクニックを利用し錯体化学を展開深化させる」ことにも取り組んでおり、多角的な視点から『ほんとうにおもろいこと』を追求している世界の中でも数少ない研究グループの一つだと自負しています。
このような研究を展開するためには、「有機化学」「錯体化学」に関する知識のみならず、「分子構造解析」「反応機構解析」「理論計算化学」など多岐にわたる基盤が必要となりますが、大橋研究室ではこれらを総合的に活用し研究を進めています。同時に、「大学は教育機関である」ということも忘れてはいません。私たちのグループでの研究活動を通じて所属する学生の人材育成と人間力向上にも力を注いでいます。
医農薬品や機能性材料など幅広い分野で利用されている含フッ素有機化合物は、我々の日々の生活をより豊かにする上で欠かせないものであり、これらを効率よく合成しうる手法の開発が今もなお盛んに進められています。特に近年では、複数のフッ素原子が導入された複雑な有機化合物を簡便かつ安価に合成しうる新手法の創出が望まれています。このような背景の下、我々の研究グループでは、工業的に入手容易なパーフルオロ化合物の誘導体化を基盤とする「含フッ素有機化合物の高効率合成法の創製」を着想し、含フッ素樹脂の基幹工業原料である四フッ化エチレン (TFE; CF2=CF2) の分子変換反応の開発に取り組んできました。TFE のオゾン層破壊係数 (ODP)、地球温暖化係数 (GWP) はいずれもほぼゼロであることから、環境調和性の観点からも TFE を出発原料とする反応は理想的であるといえます。
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● TFE の炭素-フッ素結合切断 - トリフルオロビニル誘導体の自在合成 -

機能性高分子材料の原料モノマーである多様なトリフルオロビニル化合物を直接合成できる革新的な反応の創出が強く求められています。そこで我々は、TFE の炭素-フッ素結合を温和な条件下で切断しうる活性種の開発に取り組んだところ、0価パラジウムとヨウ化リチウムの混合系が高い活性を示すことを見出すとともに、これを鍵活性種とするTFE と有機亜鉛試薬とのクロスカップリングを創出しました。
一方、本系にトリアルキルホスフィンを支持配位子として加えると、ヨウ化リチウムを添加せずとも TFE の炭素-フッ素結合切断が可能となります。得られた活性種を触媒として用いることにより、TFE と官能基許容性に優れた有機ホウ素試薬、および、有機ケイ素試薬とのクロスカップリング反応へと展開しました。これらの反応において従来必須とされてきた外部塩基が不要な理由は、系中で生じるフルオロパラジウム中間体自身が炭素求核剤とのトランスメタル化に対して高い活性を有しているためです。
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● TFE のカルボキュプレーション - TFE に2種の炭素官能基を導入する -

ところで、有機リチウム試薬や Grignard 試薬を TFE に作用させると、TFE に対する有機金属試薬の付加、すなわち、TFEのカルボメタレーションとこれに続くβフッ素脱離が速やかに進行し、トリフルオロビニル化合物を与えることが知られています。我々は、前述の TFE と有機亜鉛試薬とのクロスカップリングの反応条件を精査する過程で、TFE にZnEt2を作用させると対応する付加体が捕捉できることを見出しました。この結果は、後続のβフッ素脱離の速度が付加する金属の種類に強く依存していることを示しています。このような付加体が TFEから簡便に調製/保存できれば、種々のテトラフルオロエチレン鎖を有する化合物の合成前駆体として大変有用であることが期待されます。そこで我々は、TFE に対するカルボキュプレーションを鍵過程とするフルオロアルキル銅錯体の発生法を確立し、これを合成前駆体とする TFE の非対称ジアリール化を開発しました。本反応を用いることにより、TFE から液晶材料として実用化されている化成品前駆体が短工程で合成できます。さらに、TFE に対する付加反応は、銅-炭素結合のみならず種々の銅-ヘテロ元素 (Cu-X; X = O, F, Si, B) 結合を有する一連の化合物に適用可能であり、多様なフルオロアルキル銅誘導体を高収率で調製できることを明らかにしました。
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● Ni(0)上での TFE の酸化的環化 - TFE に炭素官能基と水素を導入する -

TFEは、種々の不飽和化合物の共存下、Ni(0)上での酸化的環化により環状錯体を与えることが知られています。しかしながら、生じた錯体は自身のフルオロアルキル基によって過度に安定化されてしまうため、これを中間体とする触媒反応は一例に限られていました。我々は、このような環状ニッケル錯体を鍵中間体とする触媒反応の創製には、不飽和化合物のさらなる挿入による環拡大とβ水素脱離を触媒サイクルに組み込む必要があると考え、Ni(0)触媒存在下、TFE とエチレンとの反応に着手しました。
その結果、支持配位子として PCy3 を用いると、TFE と2分子のエチレンから成る鎖状共三量化体が得られました。一方、本系にアルデヒドを加え、支持配位子を PCy3 から IPr に変えたところ、TFE、エチレン、アルデヒドの鎖状交差三量化が進行し、フルオロアルキル基を有するケトンが単一の生成物として得られました。後者の反応において高い生成物選択性が発現する理由は、電子豊富なエチレンと電子不足な TFE との組合せで起こる酸化的環化が最も速度論的に有利であることに加え、生じた環状ニッケル錯体の電子豊富なα-CH2位がアルデヒドのカルボニル炭素へ速やかに求核攻撃するためです。
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有機遷移金属錯体は、新しい分子変換を可能にしうる重要な分子触媒として今もなお注目を集めています。「遷移金属」と「配位子」から構成される遷移金属錯体に所望の触媒活性を発現させるためには、適切な遷移金属を選択し、金属近傍の反応場の電子的・立体的環境を緻密に制御する必要があります。そのためには、精緻に分子設計された配位子が革新的な触媒機能の創出に不可欠となります。
大橋研究室では、有機化学を基盤とする「配位子の精密設計」と錯体化学に立脚した「特異な遷移金属錯体反応場の構築」の双方を駆使し、新たな機能性分子触媒を創り出すことを目指して研究を進めています。具体的には、ユニークな性質を示す元素として知られている『フッ素』が導入された新奇配位子と、地球上に遍在し多様な電子状態を取りうる『第一遷移元素』を中心金属とする錯体分子の開発に取り組んでいます。

● 新奇フッ素含有配位子の創製と錯形成挙動

● 低配位・低原子価第一遷移金属錯体の合成と触媒機能

● C60フラーレン誘導体の新機能開拓

60個の炭素からなるπ電子共役系球状分子であるC60フラーレンは、高い電子受容性を示すため、有機薄膜太陽電池におけるn型半導体材料の一つとして注目されています。また、フラーレンに対し有機化学的手法を用いて官能基を導入することにより、有機溶媒への溶解性向上やLUMOエネルギーレベルの制御などが可能であることから、より高性能な半導体材料の開発を目指したフラーレン誘導体の合成研究が世界中で行われています。我々もこれまでに有機薄膜太陽電池への応用を目指し、新規フラーレン誘導体の合成手法の開発に取り組んできました。以下に、我々がこれまでに開発してきたフラーレン誘導体の合成例を示します。
現在は、これらの独自に開発したフラーレン誘導体の新機能開拓を目指し、様々な分野での応用を検討しています。
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