分子内の隣接した位置に複数の金属中心を有する多核金属錯体(金属クラスター)は、単核の金属錯体と比較してはるかに多様な組成と構造をとることが可能です。そのため、単核錯体とは異なる新しい化学反応性や物性の発現が期待されています。私たちは、様々な遷移金属元素から成る新しい金属クラスターを合成し、それらの構造や化学反応性を明らかにすることを通して、優れた機能を有する新しい分子を創り出すことに取り組んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電子豊富な低原子価の遷移金属フラグメントを強塩基であるアミド配位子イミド配位子で結びつけることによって、極度に電子豊富となった反応性の高いクラスターを得ることができます。それらの多くは、配位不飽和な状態でも存在するのに十分な電子密度を持ちます。そのため、空の配位座に様々な基質分子を取り込み、その反応性を直接観測することが可能です。さらに、クラスターに含まれる金属−窒素多重結合の反応性を調べることは、含窒素有機化合物の新しい合成方法の開発に貢献します。

 

 

 

 

 これまでに当研究室で明らかにした遷移金属アミドクラスターおよびイミドクラスターの化学を以下に紹介します。

 

 

 

 

 

 配位不飽和な2核ルテニウムアミドクラスター[Cp*Ru(NHPh)]2に一酸化炭素、イソシアニド、カルベンなどの基質を作用させると、これらの基質を取り込んで18電子を達成した金属中心が自発的にアニリンを解離し、一連の配位不飽和なイミドクラスターを与えることを見出しました(Scheme 1)。これらのクラスターは反応活性なRuN結合とRuC結合をあわせ持つ大変魅力的な分子です。

 

 

Scheme 1

 

 

 

 

 

 X線構造解析によって明らかにしたイミドクラスターの構造をFigure 1に示します。結合距離からRuRu間およびRuN間に多重結合性をもつことが示唆され、分子軌道計算の結果もそれを支持しています。

 

 

 

 

Figure 1.  2核ルテニウムイミドクラスターの分子構造

 

 

 

 

 

 基質としてアルキンを反応させた場合には、イミドクラスターが生成した段階で反応が停止せず、イミド配位子とアルキン配位子との間で炭素−窒素結合が形成されることも判明しました(Scheme 2)。

 

 

Scheme 2

 

 

 

 

 

 2核ルテニウムイミドメチレンクラスターが、より高次の混合金属多核クラスター骨格を構築するためのビルディングブロックとして有用な化合物であることもわかりました(Scheme 3)。イミドおよびメチレン配位子のいずれもが新たな金属フラグメントをトラップすることが可能であり、加える金属種の種類により、Ru2PtおよびRu4Pd2骨格を有する混合金属クラスターを、各々選択的に合成することができます。

 

 

Scheme 3

 

 

ナフタレンジアミド配位子を有するルテニウムアミドクラスターの合成にも成功し、得られたクラスター上でアミド配位子と一酸化炭素とのカップリング反応が進行することを明らかにしました(Scheme 4)。

 

 

Scheme 4

 

 

さらに、このナフタレンジアミド配位子を有するルテニウムアミドクラスターが、2つのルテニウム原子間を窒素が架橋した構造からアミド/アレーン配位の双生イオン型構造へと位置選択的に異性化する現象を見出しました(Scheme 5)。双生イオン型クラスターに含まれるアニオン性のルテニウムアミド中心は、非常に強力なπ塩基性を示します。

 

 

Scheme 5

 

 

 ルテニウムの同族元素である鉄のアミドおよびイミドクラスターの合成にも成功しました(Scheme 6)。2つの鉄に架橋配位しているアミド配位子は、一段階の水素原子引抜き反応あるいは二段階の酸化/脱プロトン化反応によってイミド配位子へと変換することが可能です。

 

 

Scheme 6

 

 

上記のほか、ロジウムおよびパラジウムを中心金属とするアミドおよびイミドクラスター、ならびに窒素の同族元素であるリン配位子(ホスフィド・ホスフィニデン)をもつクラスターの合成と反応性にも取り組んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有機化学における炭素−炭素結合形成反応とは対照的に、金属−金属結合形成反応の制御はきわめて困難な状況にあります。しかしながら、もしも金属−金属結合、特に異種金属間の結合を思いのままに形成・伸長させることができれば、化学反応性や物性の異なる異種金属同士が交互に配列した金属ワイヤーや金属ホイールという、概念的に新しい物質群を創り出すことが可能になります。私たちは、ルテニウム、ロジウム、イリジウムなどの貴金属元素を中心として、異種金属間結合形成反応の効果的な制御手法の開発に取り組み、異種金属同士が直接結合により連結した金属ワイヤーや金属ホイールを創り出すことに挑戦しています。さらにこれら金属ワイヤーや金属ホイールの上での有機分子の結合状態や化学反応性を明らかにすることを通して、ナノサイズに広がった多核貴金属ユニットに特徴的な新しい化学の開拓に取り組んでいます。

 

 

 

 

ルテニウム(赤)とロジウム(青)が交互に規則正しく配列した5核金属ワイヤー(左)および8核金属ホイール(右)